岐阜に神戸市バス
写真のタイムスタンプを見ると10月10日ですから、もうずいぶん前になりますが、岐阜駅前で神戸市バスを見かけました。
行先は「岐阜競輪場ファンバス」となっています。競輪場への無料バスでしょうか?
何の予備知識もなく突然見たので、赤信号まで追いかけて見に行ってしまいました。
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写真のタイムスタンプを見ると10月10日ですから、もうずいぶん前になりますが、岐阜駅前で神戸市バスを見かけました。
行先は「岐阜競輪場ファンバス」となっています。競輪場への無料バスでしょうか?
何の予備知識もなく突然見たので、赤信号まで追いかけて見に行ってしまいました。
データの移行が終わったら、あとは各種ソフトの再インストールをすれば、ディスク交換作業は完了です。これも、インストールの必要なソフトのリストを前もって準備しておけば、あとは順にインストーラを起動していくだけです。時間はかかりますが、難しいことは何もありません。
こうして、土日の2日間で、移行作業が終了しました。最終的に80GBのハードディスクが64GBのSSDになったわけですが、PC全体の動きの速さは段違いに改善されました。特にそれが体感できるのは、Windowsの起動時間の劇的な短縮です。Windowsの起動時画面(「Windows」のシンボルマークが表示される画面)の表示時間は今までの半分以下。いやはや、ここまで快適になるとは思っていなかったです。しかも回転音は全くなく静かですし、故障の危険性もかなり減ったはずです。いろいろありましたが、今のところはめでたしめでたし、といったところです。
さっそく家に帰って、ディスクの交換を行いましたが、これはメカに弱い僕でもあっけなくできてしまいました。リカバリーディスクを用いたOS・付属アプリケーションの再インストールも、何も難しいことはありません。まあ、時間は1時間強と、それなりにかかりました。
次の手順は、データファイルの移行です。PCにバンドルされていた『HD革命 Backup Easy』で、早朝から10時間以上もかけて作成したバックアップファイルの内容を展開します。
が、これはうまくいきませんでした。「Runtime Error」 と表示されて復元が失敗してしまいました。
この『HD革命 Backup Easy』については、時間がかかる・中断できないという2点ですでに不満でいっぱいでした。それに加えてこの現象です。SONYもひどいソフトをバンドルしているなという印象しか持てませんでした。
そんな状態なので、PCに再び古いディスクを装備して、データファイルの移行をやり直しました。
もっとも、これは思ったほどの手間にはなりませんでした。
それは、新しく購入したほうのディスクにはUSB端子がついており、USB接続のディスクとしても使用できるようになっていたからです。このおかげて、古いほうのハードディスクと新しいディスクの両方をPCにつなぎ、エクスプローラを使って直接ファイルをコピーすることができたのでした。
こんな便利なことができると最初に分かっていたら、 『HD革命 Backup Easy』 で10時間以上もかけてバックアップファイルを作成しようとは考えなかったのに・・・と思いましたが、すでに後の祭りでした。
自分が使っているPCの交換用ハードディスクが『Ultra ATA』と『Serial ATA』のどっちなのかも分からずに交換用ハードディスクを買いに行ってしまったわけですが、幸いにもこのときは、交換対象のノートPCを持ち歩いていたため、どちらを選ぶべきかは店の人に聞けばすぐに分かりました。
そんなことで迷った挙句に『Ultra ATA』のハードディスクを選ぶことになったわけですが、『Ultra ATA』は『Serial ATA』に比べると品揃えは少なく、同性能なら『Ultra ATA』の方が割高でした。
そんな少ない品揃えの中に、『SSD』というものがありました。SSDはメモリディスクの一種で、
という、いいことずくめなことが書いてあります。
このうち、「2.可動部分がない」という特長は、故障を減らすのに大きな効果があるはずです。今回の買い物はハードディスクの故障が発端だったため、同じ容量のハードディスクに比べれば倍近い値段であるにもかかわらず、これに手を出してしまいました(BUFFALO SHD-NPUM64G)。安物買いの僕にしては珍しいことです。
以前PCに搭載していたハードディスクは80Gでしたが、新しく購入したSSDは64GBです。16GBの容量減となりました。
しかし、
といったことから、思い切って容量減の選択をしました。やはり、安物買いの習性を完全に捨てきることはできませんでした。
2009年10月17日、HD革命(バックアップユーティリティソフト)のあまりの動作の遅さゆえに、名古屋を出るのが遅れてしまい、大阪に着いたのは19時前になってしまいました。この時間では、日本橋でんでんタウンは、小規模な店の大部分が閉まりかけでした。やむなく、家電量販店で、交換用のハードディスクを探しました。
交換用ハードディスクは、「サイズ 2.5インチ・9.5mm 」であることは理解していました。しかし、売り場に行ってみると『Ultra ATA』と『Serial ATA』の2種がありました。僕は、このうちのどちらを買えばいいのか分かりませんでした。
こんなことはパソコンに詳しい人にとっては常識であり、「何を初心者みたいなことを・・・」と思われるかもしれません。しかし、僕はプログラムは作れても、メカには弱いのです。パソコンのハードウエアには全然詳しくありません(し、それほど関心もないです)。
不思議なことに、世の中には「プログラムを作る人は、当然パソコン本体に詳しい」と思い込んでいる人が結構多いようです。そんな人との典型的なやりとりは、「仕事はソフトウエア関係です」という答えに対して「それはすごい。実は、最近パソコンの調子が悪いんで、今度見てくださいよ」というようなものです。僕としては気が重くなる期待のされ方です。
逆の「パソコン本体に詳しい人は、当然プログラムを作れる」という思い込みを持つ人は少ないように思います。僕からすれば「プログラムを作る人は、当然パソコン本体に詳しい」と一緒のことだと思うんですがねえ。
10/15の記事で述べましたとおり、2週間ほど前からPCの動作が極端に遅くなりました。それも、ハードディスクのアクセスランプ点灯に合わせて動作が引っかかるという現象だったので、ハードディスクの不調を疑っていました。
そこで、10月17日~18日の土日で、ハードディスクの交換を試みることにしました。
ハードディスクの交換なんて作業は数年ごとにしか巡ってこないはずです。せっかくなので、今回はちょっと詳しく作業記録を残すことにしました。
なお、対象となるPC本体は、SONY VGN-FS31B。いわゆるワイド液晶ノートです。購入は2005年です。VAIOにFelicaポートが付きはじめる直前のモデルにあたります。
17日未明、PCにバンドルされていた 「HD革命 Backup Easy」で、データファイルのバックアップファイル作成を開始しました。
バックアップ作成対象は、「メールデータ」「マイドキュメント」と、「自前で導入したソフトウエアを保存したフォルダ」としました。(なお、OuDiaのソースプログラムは、「マイドキュメント」に含まれます)
「メールデータ」「マイドキュメント」のバックアップを作成するのは当たり前ですが、「自前で導入したソフトウエアを保存したフォルダ」については、当初は僕は「再インストールすれば済むだろう」と考えており、バックアップの対象とは考えていませんでした。
しかし、これらソフトの中には、
が含まれていました。特に、CMNではデータファイルが1GBを超えていて、これを再度取得しなおすのは大変でした。そのため、こういったソフトを格納したディレクトリも、バックアップの対象としました。
バックアップ対象は4GBとなり、この作業は、10時間近くを要しました。それなのに、使用した「HD革命 Backup Easy」というソフトには、「バックアップファイル作成時に非常に時間がかかる(数時間)にもかかわらず、中断する方法がない」という困った欠点がありました。
前述のように、僕は居住地は名古屋ですが、PCのリカバリディスクは阪神間の実家にあります。このため、リカバリ作業のために阪神間の実家に帰省しなくてはなりませんでした。当初は朝のうちに名古屋を出ることを考えていました。それが、バックアップファイル作成に予想以上に時間がかかったことから、名古屋の居住地を出るのは15:00と、かなり遅くなってしまいました。
2週間ほど前から、PCの動作が大幅に遅くなりました。
どうも、ハードディスクが不調のようです。ハードディスクのアクセスランプ点灯に合わせて動作が引っかかります。
次の週末は、ハードディスク交換・復旧でつぶれそうです。
しかも、リカバリーディスクは居住地の名古屋ではなく、阪神間の本宅にあります。このため、PCの修復のためだけに、阪神間の本宅に帰省することになりました。
先日、JR飯田線2009年10月のデータファイルを公開しましたが、このファイルでは、臨時快速の行き違いをかなり推測で入力しました。
この推測の検証を兼ねて、10月10日土曜に中部天竜まで往復してきました。
行きは「佐久間レールパーク1号」。実は前日に指定席入手を試みたところ、10日(土)・11日(日)とも満席でした。このため混雑を覚悟していたんですが、実際には金山から乗っても自由席の窓側に座れました。1号の指定席に人気があるのは、乗車証明書配布の特典が原因でしょう。
飯田線内では各駅の行き違いの可否・各駅の時刻をチェックしながらの乗車になりました。
しかし、この日の飯田線は朝から夕方まで列車遅延が出ていたため(最大18分程度)、ダイヤグラムどおりの運行にはなりませんでした。
レールパークは賑わってはいましたが、展示物を見られないような混雑ではありませんでした。もともと小さい施設なので、2時間もいれば全展示を見るには充分です。このため、レールパーク1号で来た人の多くは、12:40 の天竜峡ゆきと13:10 の佐久間レールパーク92号 で中部天竜を後にしていました。 天竜峡行きの方は短い2両編成なので、中部天竜から乗った人の多くは立席となっていましたが、13:10 の佐久間レールパーク92号の方は、全員着席可能でした。
中部天竜では、佐久間レールパーク1号・佐久間レールパーク91号のほか、117系デビュー時塗装による団体列車も来て、117系が3本並びました。これはなかなか壮観でした。
本日、こういった観察結果をもとに修正を行ったデータを、Rev.02として差し替え公開いたしました。
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